コンピューティング史見聞録(37)
Logoの進化

2026年3月1日

前回はLogoというプログラミング言語がどのように生まれ、初期のユーザーがそれをどのように使ったのかについて述べた。Logoが強調した教育思想は「コンピューターが思った通りに動かないのは、プログラムを書いた人の失敗ではない。コンピューターに思ったことが正しく伝わらなかった部分を一歩一歩直していけば良い」というものである。この思想を支えたのが、プログラムを対話的に修正・改良していけるプログラミング環境だったわけだ。

今回は、ストーリーの連続性からLogoの発展について少し時系列を進めて紹介しよう。

■Logo開発の本格化

1966年には、ウォリー・フォイヤージグ(Wally Feurzig)が作成したTelecompという言語はボストン近隣の5校で実験に使われていた。その言語を見たシーモア・パパートは、「もっと子供向けに設計し直すことができるはずだ」と思い、共同で新しい言語を作り始めた。設計の出発点はLisp(第12回)のように柔軟な言語だが、より子供が理解しやすい構文にする、ということであった。1968年には少しづつ改良と実験が続けられた言語が形となってきており、中学校の教室に置かれたテレタイプ端末からBBN社に置かれたPDP-1にアクセスし、タイムシェアリングしながらプログラムを書いていたわけである。

パパートはピアジェとともに教育について研究した経験、そして持ち前の類まれなるカリスマ性を発揮しLogoのグループにおいて中心的な存在となった。1969年には、シンシア・ソロモンがBBNからパパートがいたマサチューセッツ工科大学(MIT)のAIラボに移籍し、MITでのLogo開発に拍車がかかることとなる。

■Logo タートルの誕生

パパートは、子供達がプログラムで操作できるのが文字列だけであることに限界を感じていた。ピアジェが唱えた「自己中心性」(世界の様子を自分を中心として理解する)、そして実際に体の動きとして物事を理解するという視点を利用するために、プログラムから操作できる物体があれば良いのではないかと考え、ロボットのカメ(タートル)を操作できるようにした。その後ほどなく、グラフィック画面上にも三角形の「印」を描画できるようにし、実際のロボットも画面上の三角形も同じプログラムで操作できるようにしたのである。

ロボットのモチーフとしてカメを使うという発想には、元々はグレイ・ウォルター(Grey Walter)という神経生理学者が1948年に作ったカメ型ロボットの存在が影響していたわけだが、それとは別にカメを使うことには利点がいくつもあった。まず、カメはゆっくりと動くものなのでプログラムから操作してゴロゴロとゆっくり動くことに違和感がないこと。そして、カメにものを教えるときに「ちょっとのんびりしたやつに噛んで含めるようにして教える」という感覚を持つことができることがある。また、犬や猫であれば、横や正面から見た姿がまず浮ぶが、カメであれば地面にいるものを上から見た様子を思い浮かべるので、「右に曲がる」、「左に曲がる」という基本コマンドで操作することが自然に感じられる。さらには、彼らが最初に作ったロボットはかなり大きなものであり、ちょうど「自分の体動かす」感覚も与えることができるものであった。

このように、1970年ごろにはLogoは教育用言語として大きな飛躍をとげつつあった。

最初期(1969年)のLogoタートル

■システム記述言語としてのLogo

プログラマーの視点からLogoについて特記しておくべきことは、ハッカー精神を持ってLogoに携わった多くの開発者たちは、必ずしも子供向けのおもちゃとして作ってはいなかったことであろう。彼らはLogoをシステム記述言語として使い始めていた。言語自体を改良するためにその言語を実際に使う、ということは上記の「少しずつ改良していく」という発想にも基づいており、このような言語を作ろうとするときには自然なものである。筆者が2000年代以降に触れたいくつかのシステムも、中はLogoで書かれていたりするものがあった。このような「古い」言語は、実行系が小さなメモリ容量で動くように設計されていたこともあり2000年以降も自前の組み込み機器上で動くプログラムを書くときに都合が良い場合が多くあり、Logoの薫陶を受けたような開発者たちはLogoを大小のプログラム作りに使ったという経緯がある。マイナーな言語はしばしばメインストリームからは忘れられてしまうことがあるが、思わぬところでしっかりと使われていたりすることがあり、そのような実例を見つけるのは言語に興味を持つ者にとっては喜ばしいことである。

ちなみに、アラン・ケイはLogoが使われている授業の様子を1968年の終わり頃に見学した。この訪問が、コンピューティングに大きな進化をもたらす歴史的な意義を持つこととなった。そのあたりの話も今後触れていくこととなる。

次回掲載予定は2026年4月上旬頃

著者:大島芳樹
東京工業大学情報科学科卒、同大学数理・計算科学専攻博士。Walt Disney Imagineering R&D、Twin Sun社、Viewpoints Research Instituteなどを経て、現在はCroquet Corporationで活躍中。アラン・ケイ博士と20年以上に渡ってともに研究・開発を行い、教育システムをはじめとして対話的なアプリケーションを生み出してきた。2021年9月に株式会社京都テキストラボのアドバイザーに就任。2022年8月より静岡大学客員教授。